2012年7月29日日曜日

修羅の道へと私は進む

今万感の想いを込めて汽笛が鳴る(銀河鉄道999)



一番愚かな事をした人達は、そのことに永久に気づかないのだ

人は何を残して去って行くのだろう

お前に踏まれるために私はここにいるのだ、と(沈黙)




秋の始まりの一夜

ひとこと、君に言いたい

地球が動いた、息をはいた、

ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河の外れにしか居ないという気がしてしかたなかったのです。(銀河鉄道のよる)




夜の街を走れば、秋の風が吹いている

川瀬の音が山に来る、春の光は、石のようだ (悲しき朝)




今日という日は何もない1日でした

夕暮れを走る700系

予感とは的中するためにある

君が上からやってくる

いよいよここが正念場(ジャイアントロボ THE ANIMATION ~地球が静止する日~)


深夜、何もないテレビを一人で見ている
今夜、殺セ殺セの声が日本中を覆う。

どうしようもなく寂しいとか
訳も分からない怒りとかが
単純な言葉にしかならない。

幾つもの言霊が飛び交い
豊国と呼ばれた頃に比べると
この国はどの時代よりも。
「ただ生まれて、死ぬだけだろ」

誰もが、一人ぼっちでテレビを見ても
どこかで、何か新しい事が始まっている。

それは君の体の中であったり
知らない土地の話であったり
生涯気付かない事だったりする。

それでもこの時代の風に吹かれている以上
君はその全てを受け入れているはずで
どの時代よりも僕たちは。
「新しく難しい時代を生きている」

夢の中、彼女の中、秋の香り煙草が流れて

雑踏の中を一人きりだったり
家の中が薄暗くて静かで一人でいる時には
何でもいいからテレビでもつけてみて
そこに映し出されている誰かを見てみる。

のっぺりとした画像からは
何も伝わらないかも知れない
それでも君は呟く。
「こんにちは、自分」と....

2000/09/20
ねぇ、風の始まりはどこ?

始まりはどこにあるの

通り過ぎる旅団の始まりはどこ

行く先はどこ

なんて

今、目の前を通り過ぎる風だけが真実で

それは、誰かが吹いた息だったりするのかも知れない。

ねぇ、波ってどこからくるの?

それは海の彼方から

では答えになってなくて

この世界のどこかに波の怪物がいるんだと

昔の人も信じてた。

地球が見渡せるようになっても

見えないものは見えないままで

遠くが見えるようになっただけでは

やはり

風の始まりを見ることはできなくて

見えないものでもあるんだよ、と

金子みすゞが歌っていたのを思い出しただけだった。

2001/06/20

2012年7月22日日曜日

木々がまだ緑の色を持ち
家並みはそれぞれの色でたそがれる。

西の空がオレンジの光で満たされ
その上に輝く龍が居る。

広々とした空が夜を向かえようとする。
雲は西の話を伝えたがっている。

そのとき、大地の割れ目を水が満たした、
川が流れていた。

8/6
人間の主体は一つであるという理由で
時間は凝固してしまい
永遠である流れは量子だけが手にする。
人は一つの物になろうとばかりしている。
これが狂気だ。

世界は縮小してゆく。
幾多の内より一枚のものを
全ての中から一つだけを。
拡大することは拒絶される。
人には余りに時間がない。

全ての物が永遠ではないとしても
ともに歩むものであるならば
人が人の時間のみを永遠にする。

もしも、この夢が明日も僕のものであるならば。
どうも僕達は、
一番だの二番だのと、
そういう事ばかりに興味を持つ。

人は人よりも優れているか、
または劣っているかと、
そればかりを考えているのだ。

一体それ以外に他のものと分けることを知っているのか?

あらゆる本が、たんすが、机が、
一つに混ざり合おうとしている。

そして空になろうとする時、風が、そうだよと言う。
だから人は空を愛すのだ。

然し、人は何時までたっても人だから、
本や机などを返してしまえない。

いっそ海にでも流しちまおうかといぶかる。
人に残された物たちは後悔ばかりしているであろう。

戦いを知らぬものは、戦いとは、
順序良く並ぶ事だと思っている。
でなければ滅びるか生き残ることのどちらかだと考えている。

だが、闇の中で、
山奥にぽつりと明かりの燈っている家々の中に住む
白髪の爺は何んと言うであろうか。

外で虫が鳴いて、風が駆け廻り、草を揺らしている。

2012年7月15日日曜日

早い流れの闇の空を

月の明かりに照らされた雲が駆けてゆく。

いつも西から来る雲よ、今日はあの娘を見たことだろう。

温かい6月の風に、彼女の息が聞こえる。
現在という時代は、既に何かが悪いというような時代ではない。
世界そのものが病んでおり、誰一人としてその難から逃れられる者はいない。

その事をはっきりと認識していないと流れる。
自分は病んでいないなどとは思わぬ事だ。

誰でもあの病が分かる程には身近にある。
あの夢のような事件が分からないと言う者には、この時代を語る事は許されぬ。

正しく、どんな評論をする事もできない、その起こった事を、そのまま、書くしかないという程にあの事件は複雑だ、小説にしかならない。
一つだけ聞くのであれば、現代の何が彼を生んだのか。

あの事件は、あのような事件を起こした者が、社会に対するコミュニケーションを取ったという事ではなかろうか。
捕まった時に、彼は普通の人間に戻ったはずである。

それまで、彼は、一体何者であったのだろうか。
あの夕陽は何を見ていたのだろうか。

彼はまるで人と話すのが嬉しいとばかりに話をしたそうである。
社会と係わりを持つためにあの手紙を送った如く、係わりがない故に、あの事は起こりえた。

もしこう考えるなら、彼には友人が一人もいなかったのである。
彼の友人とは、社会と交わる事そのものだったのだ。
人が好ましいと思ったものを平気で壊す事が
できる街が
この国である。

あらゆる街である。
子供の頃
好きだったものは
もう残ってはいない。

すべてが崩れ去るコンクリートに変わり
すべてが好きでもないものに変わって
それでも
これがこの国であるか。

(11/15)

2012年7月9日月曜日

僕は君の横顔を見た。
そして、通り過ぎて行った自転車。

あれから幾年かして、幾季節の中を過ぎて、
僕は哀しみで途方にくれた。

まだ、終わらない。抱くまでは。
そして、落ちてゆくだけの幾億の砂。
神は言葉を乱したと言う。
これは幾つもの言葉が生れたと言う意味ではない。

言葉による会話では
人と人の間で
正しい事を伝える事が出来なくなった
そういう意味である。

人は終に獣の様な目をして立った。
そして、歩き、呻り、行動するのだ。
人はなす術を知らず、言葉は通じず、見るだけである。

だが、先ず目は喋った。
その昔、刀匠は川に藁(わら)を流し、
藁を切ろうと思えば切れ、切ろうと思わねば切れぬものを名刀と呼んだ。

刀が藁に触れるや否や切れてしまうものや
切ろうと思っても全く切れぬものを鈍刀と呼んだ。

2012年7月2日月曜日

かつて人々は、
星空の果てに神を見た。

その時、既に、人々は、
星空の神々を疑っていたからである。

そこに宇宙の法則が降りて来て、
星空に宇宙を駆ける船を見る。

確かに星空は、
我々に何かを語りかけている。

(11/4)
太郎が抱かれながら見た雪は、
母に抱かれて見た雪だった。

暗闇の中に積りゆく里を見ていると
それはしんしんと泣いていた。

山に降れ、
海に落ちろ、

この一瞬が幻ならば、
何故、母が駆けてゆくのであろうか?

(11/27)

太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎をねむらせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
三好達治 - 雪
katakata という音におびえ
小さな子はひざをかかえていた。

幾人の大人が座っているのを見ながら。
柱の古い時計だけが自分に語っているのだと信じながら。

小さな子は父親の大きな膝元で
小さな体でうずくまっていた。

天井の上を風が行進している。
庵の炭が死ぬまで燃え続ける。

(11/27)