2012年12月29日土曜日

45年前、ほんの少しの事で娘を失い、生き残った母が居た。
母は、45年間、毎日のように後悔の中で生きてきた。
たった一度の人生だからこそ、悔みきれない事がある。
忘れられない事がある。

何故、自分は、あの時、娘を・・・と。

ほんの偶然が自分を生き残らせ、
娘は行ってしまった。
45年という長い間・・・かあちゃんもね・・・

浮かれたこの時、愛とささやくが
誰もが一つの愛を失えば次の愛を見つけ
愛とささやく。

娘の写真を飾る、写真立てが悲しげだよ、
50回忌をするというその思いがせつないよ、
人はこんな気持ちを知るために生まれたのか。
僕はここに人生があると思う。
他人が思うより僕達は悲しくない。

思い出すと夜も眠れなくなるといい、
50回忌をした一月後、その人は娘の所へ行った。
悲しみはある、けれど、その悲しみも母のものだ。

「おじいちゃん、おばあちゃんと遊べていいね。
おかあちゃんももうすぐ行くからね。」

数珠を手に、50回忌で祈る母親の言葉なんだ。
通いなれた道をこの夏もまた通ってゆく。
早いのか遅いのか分からないけれど
時間は確実に過ぎていったんだ。

けれど、この道は少しも変わらない。
早いものだな、年を経るのは。
遅いよね、僕はちっとも成長していない。

この道を歩いていると
そんなことも
この街へ溶け込んでゆくようだ。

少しも変わりはしない、あの頃と同じ夏。
同じ友に巡り合って
誰もちっとも変らない。

昨日の事だったといつも言っている。
今日会う事も昨日の事になってゆくんだ。

そして変わらない僕達がいる。
遠い昔に思い描いていた夢は
かなえる事も出来ず
いつの間にかそれが夢でさえなかったと
その姿を思うようになる。

何かをかなえたくてかなえられなくて
それが何だったか
僕を揺り動かしたものを失い
何故自分がここに居るのかさえ分からなくて。

それが夢でなかったとしても
あの頃の自分が行きつく所まで行って
初めて少しだけど分かりだした事がある。

それが無駄だなんて少しも思えない。
誰もがこういう風にして道を歩いているのなら
僕はもう一度夢を掘り起こしてみようかと思う。

もしあの夢が今でもかけがえのない夢だとしたら
今の僕には数人の友人が居ると言える事だろう。

あの夢はきっとみんなで夢見ていたのだろう。
残念だけどかなえられなかった一人一人の夢。
だけどもう一度新しい夢をかなえようと始める。

誰もが失えないこの気持ちは。
僕の夢はこの友情の夢なんだ。
いつか君の事を思い出すこともないくらい
他の誰かを想っていることだろう。

君には風が吹き抜けたに過ぎない事だろうけど
確かに僕を苦しめた日々があった。

僕は風だから気持ちも伝えられなかった。

けれど、もう、君がどんな気持ちの時も
それを分かりあう時はないんだね。

だから、すっかり忘れてゆくよ。
僕が愛する人が、僕を愛しているという
当たり前の気持ちの中で。

いつか、何かのきっかけで、不意に思いだす
だけの、せつなさも苦しみもない、
思い出になるんだろう。
夜の海を走る

船の上から
街の明かりが見える。

こんな暗闇が久しぶりだから
街の明かりが懐かしい。

街の明かりは人がいる証拠なんだな
と思いながら
僕は物想いにふける。

君の名前は出てこないけれど
僕はこの海の上で物想いにふけっている。

誰も信じないだろうけれど
ここに本当の僕がいる。

本当の海の姿がここにあるから。
雨が降っている。
この街を走る車を
電車の中から見ている。

行く先の明かりは
果てしなく続くように見える。

ビルの明かりが夜の街の中で輝いている。

僕は一人で電車のガラスに映っている
自分を見る。

周りには会社帰りの女が映っている。

この街で生きてゆくのは難しい。
例え、あの娘の明るさで生きても・・・

この街の不安が誰もの上にある。
心の底から笑ったことが
一度もないような人に見える。

そんなことはないのに。

雨が降っている。

この街で。

夜が深くなってゆく。

誰もが一人で
心の底から笑ったことのない
この夜をまた過ごす。

アッチョンブリケ。

2012年12月15日土曜日

何故あの時、
我々は外へ出て行ったのか。

未だその謎の答えがないので
今も人々は不安である。

またあの過ちを犯すのではないか、
再び滅びの道を転がり始めるのではないか。

誰も振り向かないが
その時の答えが見つからない限り
我々は不安を残したまま歩み続けるしかない。

ただ歩み続けるだけではない。
再び外で歩こうとしているのだ。

6/15
以外なことだが、
僕は死の事ばかりを考えていた。
この奥底に眠れる死よ。

僕は常にそれ以外のものを探していた。
色々な人のそれを真似ようともした。

しかし、この心の奥底にあるものは
その暗い海の底にあるものは
間違いなくそれだ。

死を考える事は、生きる事にならない。
そう思うから僕は少しだけ歩いてみたが
逃げられるものか。

僕は叩き潰すために来た。
この心の奥底にあるものを。
そのいつわりの・・・

その正体を何時か暴いてやる。

6/22
僕の心の中に誰が新しい河を流したんだろう。
この沈んだ心はどうしたんだろう。

僕自身の中で何かが
芽生えつつある。

自分自身の中で
本当に見るべきものが何なのか
分かりかけて来ている。

小さな子供を見ていると
僕にとって大切な人は
この小さな子供のような僕の子供にとって
素敵なお母さんになれる人なんだ。

僕が好きな人。
君の事が知りたい。

5/24
アダムとイブの時代かも知れない。

人々は二人の愛を今、探し始めた。

僕達はこの現代に、もう一度失楽園の時代を創る。

何故、僕達は楽園を追い出されたのか。

楽園に居たままでは、

二人の間に愛は生まれなかったからだろう。
テレビの中で人は一人で生きているようだ。
誰かと話しをしながら。

雲と本当に話せるのか?
海が何かを語るか?

人は一人で死んでゆくって知っているが
僕は一人ぼっちじゃ生きてゆけない。

いつも心の中で誰かを求めている。
どうすれば僕は強くなれるのか。

強さとは一人で生きてゆく事ではないだろう。

僕は一人きりで生きてゆける程
強くない。

けれど、どうすれば僕は
ずうっといっしょに居れる人を見つけられるのかな。

もしかしたら
求めているのは、子供なのかもしれない。
今日僕はここに戻ってきた。

長い間
前の見えぬ高い草むらの中をさまよい
かきわけながら歩いて来たように思う。

いつの間にか僕は迷っていた。
僕は臆病になって
たった一人の少女を
破れかけた写真かのように
大切に守り続けていた。

どれ程の月日が経ったろう。

僕が、自分の弱さに気付いた時に
僕が、臆病で本当の優しさじゃないと気付いた時に
僕が、求めるものは人からの愛ではないと知った時に

僕の前の草むらが空け
いつかはぐれた道に立てた。

それははぐれた所から
ほんの少しだけ前の所だった。

2012年12月2日日曜日

僕もいつか死ぬだろう。

死んだ時、初めに会う友人は
死である。

長い間、会わずに過ごした
僕の一番親しい友人である。

生きている間は決して会う事はない。
だから、生き続けるのだ。

何時か、不意に、彼は僕に会いに来るだろう。
その時まで、僕は彼と会う事はなく、
また、会いたいと思うこともなく
生きてゆく。
僕の中の君はもう死んだんだ。
少しずつ大きくなって
僕の中で大きく育った君は
死んだんだ。

どのような命が
人が僕の中で育つだろう。

けれど本当の君は僕の中にいない。

僕の中に誰かかはいる。
けれど、それは、誰にでもなるし
誰の姿もしていない。

僕の恋する人でもあったし
架空の主人公の時もあった。

それは何なのか。
それは誰なのか。

もし、それが僕自身であるのならば
僕はいつも僕自身だけを
愛し続けていた事にならないか。

もし、それが僕詩人であるならば
そいつは僕の顔をしているべきだ。

8/18
僕は走り列車に飛び乗った。
飛び乗ってから僕は後悔した。

この列車には知人が一人も乗っていなかったし
列車に飛び乗るとこの列車が行く所に
行かざるをえないのだ。

閉じられた扉は
もう二度と開くことはないと
思い知った。

僕はこの列車に乗って、
もう何をしても
無駄なのだと知った。

不図、この列車は死へ向かうのだと思った。

夢から覚めても、
列車に乗った事を忘れられず、
僕は死ぬんだと思っていた。