牛の匂いがする。
こんな街中で
どこにもいるわけはない。
あのわらぶきの屋根も
あの鳴き声も。
ここには少しばかりの草が生えている。
街明かりは色々な色で輝いている。
ここに来たはずの牛は
もう田舎にもいない。
星座になって空にしかいないのだ。
牛の匂いがする。
暑い夏の日に歩んでいた牛は
のんびりと草を食んでいた。
もうどこにもいないのだ。
他人の全てが正しく見えてきた。
僕が死から一番遠ざかった時。
もしこの世に死がなければ
この世は正しいもので埋められるだろう。
確実に歩んでいるものは死だけだ。
君が疲れた時は休む時間はある。
例えば草木はそのために風に吹かれている。
もしも世界の全てが永遠だとしたら
生きている人間の閉じこめられた世界。
もしも
それが絶対に正しいと言うのなら
僕らは何かを忘れている。
死を超えても正しいのだとすれば、
それは愛を見失ったという事なんだろう。
(7/11)
君の瞳が不思議なので恋に落ちた。
その瞳の語る声が聞きたくて。
恋は声を交わすきっかけに過ぎない。
その不思議な声を君が語る。
どんな話でもいい。
僕が聞いた事のない声で
僕が聞いたことのない話を。
君自身を。
その声が聞きたくて。
君に僕の声を届けたくて
これから君に手紙を送る。
鳥たちのようなダンスを踊るために。
(6/14)
美しいわけではなく
ただ、ただ、命あふれる。
きらびやかな花というよりも
まっすぐな芒(ススキ)の様に
僕にとって心地よい。
誰もが美しく
誰もが愛される。
それはあまりにも薄く
息ができない。
世界というよりも
大地というよりも
田を耕す方が相応しい。
人類というよりも
家族というよりも
お父さん、お母さんの方が相応しい。
(05/22)
時々夢を見る
そこにあるのは人生の一頁
明日に生きるための理由
そんな夢にすがって生きる時もある
女よ、君の事だよ
花火が美しい波間に映る
そこに僕は一人ぽっち
そんな時間にさらされている
女よ、君がいないんだよ
この秋の夜に
生暖かな風
強い風
恵みの雨
災いの雨粒
全てを運んでくる
あの遠い遠い南の海より
人を諌めにやって来る
懐かしい風
私の故郷
私の命
秋の夜に
絶える事のない木々のざわめき
嵐になるよ
この大地に
秋のささやかな息吹が聞こえるよ
(1994/09/29)
なまめかしい熱い息づかい
ゆっくり服の上をなぞる
胸元をその指で
何度も指先で
まっすぐに
倒れかけてこようとする
まっすぐに
その眼差しはうつむいて
全てを見通している
体が熱くなっているのが分かる
その生暖かく激しい息吹
テレビなんかじゃ映らない
誰にも見せない秘密
こうなってはもう敵わない
相手なぞ構わない
満月の日だから
家に帰って
ピザなんぞ食べてる場合じゃない
浴衣の君が下駄の音
砂地踏む音が夜風に心地よい
賑やかな音に紛れて
二人の心盛り上がって
隠し切れないこの恋心
夏祭り湯上りの
浴衣にぐっときて
今夜はちょっと
いつもと違うみたいだよ
かき氷の削る音
太鼓の響きが
夏の夜っぽいね
花火の煙につつまれて
二人の体近づきあって
止められない二人の心
夏の日の君の姿に
心奪われて
どうしても君を愛してみたい
心だけは晴れやかで
ウキウキするね
夏の日は夏祭り
君といっしょの夏祭り
幾晩過ぎようと忘れられるわけがない
こんなに強く誰かを愛した事などなかった
いつも遠くからしか見つめられなかったけれど
この気持ちをあなたは受け止められないのですね
二つのヨットが次第に離れてゆく
二度と会う事はない
この大海原で
二人の心の赤い糸が切れてゆく
離れてゆく
何年経ってもずっと覚えている事でしょう
あなたの顔をいつか忘れたとしても
この恋は
どうしても叶えたくて抱きとめたくて
願ったけれど
この恋はどうやら
終わりの時を向かえつつあるのですね
二人の人生が次第に別々になってゆく
二度と会えない道をこれから歩く
私の心には
あなたの面影だけが残る
今からずうっと
美しい川がある、美しい流れがある。
誰にも知られずに流れる川がある。
川はただ流れている。
誰も見たものはない、月明かりが届く。
昼夜を問わずそのせせらぎは響く。
もし川がなければ人はどのようにして
この想いを流し去るのだろう。
誰もが人に知られず流し去る想いを持っている。
一生くちに出さぬまま、流した想いが人となる。
川が人の想いを人と供に流し去る。
二度と戻ってこない、川は時の流れと重なってゆく。
川が流し去ったものは、決して人の弱さじゃない。
人が流したものは様々な想い。
この世に開くことのない花。
川面を見ていると心の中にせせらぎが生まれ
静かな眠りにつく。
それは二度と戻らない。
人の気持ちは、そうして流れ去ってゆく。
1995/05/29