2015/06/01
放射能検査をしていると書いてある雪国まいたけは信用できる。
2015/06/01
正義とは排除することだ。何かを禁止したり隠したり排除する行為には、必ず正義がある。戦争とは二つの正義の衝突である。IS が文化財を破壊するのも同じ正義だ。正義とは境界線に過ぎない。この国にも正義はある。
2015/06/04
資格がなければ評価できない時点でこの組織は末期的なのだ。人間を見ずに数字を見る。もちろんそれでも答えは出る。だがそれはコンピューターのやり方であって、おそらく人間のやり方ではない。コンピューターになろうとしている人間のなんと多い事か。人間にはコンピュータほどの圧倒的な膨大な量のデータを処理する能力はないのに。コンピュータの劣化版に過ぎないのに。
2015/06/04
敵を叩くとは補給を物理的に不可能にするか、補給する意味を失くすか、補給する気を失せさせるかの孰れか。
2015/06/06
日本の芸能は、動きはロボットのようであり、カラクリ人形の如く、方程式で表現できる代数のようにも見える。そこに何かを具現化しようとしている。
2015/06/07
NHK の科学ものは駄目かな。Bクラス。理念のようなものが番組の製作者にない。これなら高校講座の方がよっぽど面白く感動する。野生を描くのに頂点だの王者だの痛すぎる。
2015/06/07
貧相こそがこの国のど真ん中の文化だろう。
2015/06/13
根拠に基づいて結論を得ているのか、結論に基づいた根拠を収集しているのか、本人でも気付かない。思い込みや、知識の欠落、勘違い、間違った決断によって正しい結論に至れそうにない。だが結論を放棄するのも根拠なく選択するのも愚かしい。全ては間違っている。その後始末だけが正しい。
2015/06/14
生命は自らの生存領域を拡大するべく進化してきた。その最後の領域は宇宙であり、有機体の多様性ではとても到達できない。我々はファーストカンブリアの知的生命体であたる。この世代で宇宙に行けないなら、地球がある限り生命は進化をやり直す。セカンドカンブリア、サードカンブリアと繰り返し必ず宇宙へと進出するのだ。
2015/06/17
考えるとは立ち止まること。
2015/06/18
どこのサルが歩いているんだよと見たら松山だった。全米オープン。
2015/06/20
数の力で押し切ろうとしている相手に言葉など無意味だ。相手は耳を塞ぎ突入する気である。
2015/06/20
怒りっぽさは前頭葉の働きが関係するので年をとったり脳腫瘍が原因になるらしい。だだの性格の問題ではない。注意すべきは病気の可能性があるという事。
2015/06/20
自由意志に見えるものも何かへの反応である。それが次第に相手も見ずに反応するようになる。条件反射の部類に最適化される。処理系が高速化されたように見える。
2015/06/21
無知の知は知らないことへの無自覚という意味ではないだろう。正しいと信じるのに根拠など必要ない。問題は正しさではない。議論に勝利するという点にある。無知の知とは勝利に正しさなど不要という意味だ。
2015/06/26
小さな世界しか見えないなら滅ぶはやむなし。
2015/06/26
自信があるという事は、まだ深遠を知らぬのだ。天才とは自負など必要なく天才なのだ。神に戦いを挑むものは謙虚にならざる得ない。神に挑まぬものにどんな仕事ができると言うのか。
2015/06/27
スマートフォンとは広告を間違って押すことに特化したインターフェースの事である。ショブスが目指した世界はこういう世界だったのか。
2015/06/27
平面を組み立てる立体と曲面を組み合わせる立体がある。骨組みの見える形と壁で囲われた形がある。平面を削ってゆくデザインと盛り付けてゆくデザインがある。輪郭か立体か。掘ってゆく彫刻と付け加える彫塑。これらは車のデザインと繋がる。
2015/06/30
隣接行列の重み付けか。探索経路の発見に使えるのかしら。
2015/06/30
重要なのは左、強調は右。言葉の並び、縦書き、横書き、映画の構成、漫画のコマ割、フレームの外が暗黙として存在すること。
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