2017年6月11日日曜日

2015/09/01
絵の上手い人は三次元で絵を捉える。その捉え方には二通りあり、ひとつは四角い箱を空間に見るもの、もうひとつは立体とは影であると捉えるもの。これに表面加工が加わる。これは彫塑も同様に思える。

2015/09/01
黒い服の女の人が乗っていた常磐道、福島DMAT。

2015/09/01
ロゴといい会場といい、ここまで騒がしくなるのはインターネットのおかげだろう。昔ならこのままでも上手くやれたはずだ。ちょっとした声が圧倒的に増幅されるという点ではテレビも新聞も太刀打ちできない。

2015/09/01
自分の敵を見つける者はいつも勝てる相手を探している。兵法は勝てる準備をした所で終わるとされる。

2015/09/01
デザインが簡略化単純化する以上、類似してくるのは必然だし、他者の作品を素材としたり、インスパイアするのも当然だ。創作と商用は分離して考えるべき。

2015/09/06
日本人にはフォーマルは分からない。岩倉具視がアメリカで嘲笑されて以来、分からずに洋装でいるが、感覚的にフォーマルは江戸時代の裃で終わる。裃と燕尾服にあるどうしようもない程の感性の違い。これが車のデザインに影響しない訳がない。

2015/09/08
コンピュターは新しい空間なのか、新しい石器なのか。コンピュターが新しい世界とすればそこは冒険の舞台だ。新しい道具ならばそれ手にして冒険に出よう。ネットで繋がればアプリで冒険ができる。

2015/09/08
陶器作りをするようにコンピュタを触る。

2015/09/08
安易に走れば仕事は杜撰になる。たがが緩んでいる。

2015/09/12
小説が書き手にとって面白い必要などこれっぽっちもないが、読者にとっては面白い必要がある。

2015/09/12
最初は外部にある豊富なタンパク質を取り込むだけだったのが、タンパク質からタンパク質をコピーできる様になり、それがコードからタンパク質を作成できる様になり、次にコードもコピーできる様になり、自己複製して分裂する様になった。

2015/09/13
文の組み立て方が思考や発想に影響しないはずがない。思索をこねくり回すために文はどういう構造で受け止めているのか。

2015/09/20
自分の経験にどの程度の統計的な信頼性があるかは重要だ。でなければ自分が納得していることが一般ではない事が自分では分からない。

2015/09/22
1698円に2100円を出す。おつり402円。この世界はもうおしまいだ。

2015/09/23
何をやろうとしているか、意図がさっぱりなコードってのは、ただ悲しいね。

2015/09/23
100件程度なら毎回かぞえた方が簡易だし間違いも起きない。それをワークに保持しておけば複雑になる。どうもキャッシュする方が賢いと思っているようだが、性能が向上すればするほど、キャッシュは必要ない。あれは基本的に苦肉の策である。なぜそんなに好きなのだろう。

2015/09/23
やりたいことの簡単さに比べてなんと実装の難解なことか。

2015/09/24
上野はコンクリート色の空。大河原邦男展。

デザインの後ろにギミックが見えてくる。そして製図の線。おもちゃにした時に映える事が常に前提にあるような。

2015/09/27日
森下信衛を描いた海のまほろば(秋月達郎)。帯には「もういい、大和は十分すぎるほどに戦ったよ」。生涯の戦果が数十機の艦載機だけという船に対してよく戦ったと言う悲しみ。

2015/09/27
物理の Classical は Scale と言い換えた方が分かりやすいかもね。Scale が違えば式が変わる。隠れていた変数が出現する。どうも全ての現象がある一点に向かっているらしい。

2015/09/27
素晴らしいビューポイントに連れて行く。連れて行きたい場所は沢山あるのでヘリコプターで行って説明して帰る。本当に興味があればそのビューポイントまで最初に切り開いた道を自分で歩いてみるのが一番いい。

2015/09/28
森喜朗を悪者にして新聞を売りたいだけじゃないか。あんな優れた調整型の政治家がイニシアチブのある行動を取れるわけがないだろ、と思う。

2015/09/28
「帰ってきたヒットラー」は面白そうなのに「帰ってきた東条英機」は間違いなく不愉快。

2015/09/28
自分自慢が主題のブログは面白いし正しいけど、読み進めるうちに辛くなる。痛いし寂しい。圧壊しそう。

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